もはや紹介の必要もない稲川淳二さん。
その稲川淳二さんがバイオハザード7のVR体験をしました。
詳しくはこちら。さすがは幾多もの心霊スポットや怪談を体験している稲川さん。分析が鋭くて面白いです。
そんな稲川さんが、感想を語っているとき、ふとこんな言葉を漏らしました。
『私も自分の怪談をVRにしてみたいですよ』と。
インタビューワーが即座に食いつきます。
『ちなみにその怪談ってなんですか?』と。
稲川さんが答えます
『緑の館という題名がついているんですがね、親子三代にわたる話なんだけど、これ話すと45分くらいかかっちゃうんだよなあ(笑)
だからここで話すと大変なことになっちゃうんですけども……。でもロマンがあって、徐々に謎が解けていくような話でね。絵にもなる。物語の筋がしっかりあって、謎があって、絵にもなるような話はVRにもしてみたいし、向いていると思いますねえ』
とのこと。
実際にその記事では緑の館の詳細には触れていませんでした。
そしてそのお話というのはこちら。
しかし動画は三十分越え。
さすがに全部聞くのは大変なため、文字に起こします。
果たして稲川さんの言う通りな話なのか。楽しみですね。
緑の館。文字ver
学生の頃の先輩が語った怪談。それが緑の館。
時代は昭和のはじめ。
大学の講師であり高名な文化人であった先生が、県が主催する講演会の講師として招かれてやってきたんだ。あのー、今と違ってあわただしいスケジュールじゃないんだ。汽車を乗り継いで、観光を兼ねてというものだったんだ。講演会は無事大盛況に終わったんですよ。だから残った時間は先生好きに使えるわけだ。あちこち回っていろんな場所を見て帰っていく。食事をしてお風呂に入って、やることがないんですよね。
で、障子をあけ放って畳でごろんと寝ころんで、腕枕。
外では虫が鳴いているんですよ。心地いい風が外からすぅーって吹いてくる。先生気持ちいいからうつらうつらとしていると、虫の鳴き声がぴたっと止まったんですよ。はてな。何かの気配を感じたんですね。
すると庭のほうから「こんばんは」って声が聞こえたんですよ。
あれーって思いつつごろんと寝込んだまま見てみる。庭はもうくらーい闇なんですよね。
「夜分遅くに失礼いたします」
男の声がするんで、そちらのほうをじーっと見てみると、庭の片隅の闇の中に、50半ばのやせて和服を着た男が立っていた。どうやら自分を訪ねてやってきたらしい。
「あのー何か」
「はい。わたくしはこの年のもんで、加藤と申しますが。実は先生に我が家に代々伝わる恐ろしい話を聞いてもらおうとやってきました」
恐ろしい話と聞いて先生はおっと興味をもった。
先生は時間を持て余していたので、ちょうどいい暇つぶしになると思ったんですね。
「あーそうですか、どうぞどうぞ。こちらのほうへ」
というと男は座敷の部屋へ移動した。座敷の明かりに照らされると、その男というのは、痩せてて顔が青白いんですよね。どことなく品がある。ふるまいもずいぶん穏やかですし、どこかの大きなお屋敷のね。主といった感じなんですよね。
「どうぞおあがりください」
ていうと、いや、私はここで結構ですから。ひょいっと縁側に男が腰を掛けた。
「早速そのお話なんですがね、どんなお話なんですか」
と先生が聞くけれど、どうも男の歯切れが悪い。
「いや、先生。実はあの、その話を他人様に話しますとね、話した人間が命を取られると代々いわれているんですよ」
「命を取られる……。じゃあお話されないほうがよろしいんじゃないですか」
「そうなんですけどね。人間というのはおかしなもんで、話すなといわれるとどーしても話したくなるもんで。それにわたくしのところには跡取りがございません。家宝の家も私の代で終わってしまいます。それに今、体を患っていましてねえ。それでこの話を誰かにお話ししたいなあと思っておりましたらば、先生がお見えになったと聞きましたんで、それでこうやってお尋ねしてまいりました」
「あーそうですか。そういうことでしたらば。お伺いしましょう」
話しというのは、この家の何代か前。
跡取りが惚れた女と所帯を持った。惚れた同士ですからね、人が羨むほどの仲のよさなんですねえ。この女房というのがねえ、透けるような白い肌。見事な黒髪。大変な美人なんです。ただ、これがえらくやきもちやき。跡取りがちょっと何気にヨソの女に視線を向けようものなら、もう大変な剣幕。
日ごろから何かというと、私だけのことを思っていてくださいね。ほかの女に目なんてくれたらいやですよ。私だけのことを覚えていくださいね。しつこく言うんですがね、惚れた亭主にしてみればこりゃかわいいわけですから。
ああーわかったよ。お前だけだよ。って言ってた。
ところがこの女房がどうしたことか病の床についちゃった。名医といわれる先生方が呼ばれてくるんですがねえ、とんと原因がわからない。だんだんだんだん、やせ衰えていくんですねえ。ついには床から起き上がれなくなってしまう。こーなってくるともともとやきもちやきですから、えらいことになってくる。
跡取りの姿が少しでも見えなくなると、使用人を呼んじゃ「一体あの人はどこに行ったんだい」「ほかに女ができんたんじゃないだろうね」使用人は否定するけど「隠しているんじゃないだろうね」「私だけにはいうんだよ」
どうにもさすがにしつこい。さすがに使用人たちも困り果てていた。
弱ったもんだなあと思ったんですけど、だんだん元気がなくなってきた。
寝ている女房の枕元で、跡取りがずうーと座って寝顔を見ていた。
そろそろお迎えが来るのかもしれない。なんだか寂しい気持ちでじぃーっと見ていると、女房がふっと目を開けて、
「約束してくださいな。私が死んでも決してのち添えはもらわないでくださいね」
っていうから、跡取りも「ああーもらうもんか」って答えた。するとやせた骨のような腕をずぅーと伸ばすと、跡取りの胸元をつかんだ。
「あたなの女房は私だけ。たとえ私が死んだって、あんたの女房は私だけなんだから。いいですねぇ。よその女なんて決してのち添えでもらわないでくださいね。約束ですよ。もしあなたが私が死んでよその女を嫁にもらったら、私が必ず取り殺してやる。そしてあんたも殺してやる」
って言いながらぐぅーっと胸倉をつかんだ。
惚れた女房とは言うものの、そのあまりに恐ろしい剣幕に跡取りも恐ろしくなっちゃって「あああああ、わかった約束するよ。よその女なんて嫁にもらわないよ」
そういうと、安心したのか女房はそのまま息を引き取っちゃった。
葬儀は済んだんですがねえ、跡取りは魂が抜けたようにぼーっとしちゃってた。大変な家柄ですから、あっちからこっちから無数の話は来るんですけど、跡取りは一行にそんな話に耳は貸さなかった。よほど惚れていたんでしょう。
それも半年から一年もたってくると、跡取りのほうはだんだん寂しくなってきたんでしょうねえ。
相変わらず嫁の貰い手がどうだ、こんなのがあるんだよ。ええ、どうだい。みたいな話があるんですけど、
受けなかった。
ある日、この一族の長老といわれる人が来て、お前の気持ちのわかるけど亡くなった者はいくら待っても帰ってこないよ。お前だってこの家の跡取りなんだから。新しい嫁さんでも見つけてまた幸せになりゃいいじゃないか。前のような幸せをまた、お前が人とつくりゃいいんだから。亡くなったのは亡くなったもの。思い出だけでいいんだ。新しい生活を作ることを考えなさい。
と言われると、なんだかこの跡取りが、そうなのかのかなと思ったのかまた寂しかったのか。
ついに頭を縦に振った。そうなるとあっちからこっちから縁談はありますからね。
で、そんな中で家柄もよく器量もいい娘が来ることになったんですね。
もー大変なこんで。土地の盟主や行商もそういった人間までも全部お呼ばれで来たわけだ。婚礼のほうは昼前から始まってずぅーと。式が済んだあとは宴になるわけですね。宴はどんどん続いているし、ひっきりなしに客は来るから。そうこうしているうちに日は傾いて夜になった。さすがに客たちもかえって、残ったのはごくごく身近な身内の人たちだけ。花嫁はもうすでに離れに行って休んでいる。跡取りのほうは男連中捕まえて酒の付き合いをしていたんですがねえ、さすがに疲れてきた。
そうこうするうちに夜中になったんですよ。
長老がやってきてまあめでたい席だから長居するのは結構だが、さすがにもう遅いし花婿も疲れているみたいだからこの続きは明日にしないか。どうだいそろそろお開きにしないか。
みんなも賛成して部屋に帰っていった。
やっと解放された跡取りは、花嫁が待っている離れに向かった。
しーんとしている。渡り廊下をとんとんとんとんとん。やってきた。
ふすまを開けて中を見てみると暗い。
起きてるかい。
声をかけてみたんですがね、返事がない。
あーもう寝ているんだろ。少しの明かりをつけて着替えをして、花嫁が寝ている布団の中へすぅーと入り込んだ。すると花嫁の寝間着にさわった。ぐちょ。って濡れてる。
えらい寝汗をかいているもんだなあ。さぞかし気を使ったんだろう。
って思いながら、そのままずずずって手を移動させると、じめっと布団の中がしめっぽい。
ずいぶんしけっぽいなあ布団の中。
ええーって腕をまくってみると、くちょ。自分の袖も濡れている。
腕へずうーっとぐっしょり濡れている。肩から首筋へ。おいおい風邪でも引かなければいいけどな。
家の者はみんな寝ているわけですよ。しーん、って静かなその屋敷に、突然
「ぎゃあああああああ!!!」
って離れの方ですごい悲鳴が上がったもんで、みんなそちらのほうに駆け付ける。
若旦那どうかなさいましたか。若旦那。若旦那。
でも離れのほうから声はしない。
若旦那いいですね。開けますよ。
でも声はしない。すぅーってふすまを開けた。
月夜の光がすぅーと中へ差し込んで、うっすらと中が見えた。
「くっくっくっくっくぅぅぅぅぅぅぅぅ」
見ると跡取りが布団の上でぶるぶる震えながら、声にならない声を上げていた。尋常じゃないんですよ。
どうしたんです、若旦那。何があったんです。若旦那。っていうんですが「くっくっくぅぅぅぅぅ」
使用人の一人が、行灯に火をともした。わぁーと明るくなった。とたんにそこにいた者たちが。
「うわあああああああああああ」
そりゃあもう気絶するものから始まって、腰を抜かすものやへたりこむものまで。
なんと暗い部屋の中、布団の上にへたり込む跡取りのそのすぐ傍ら。首から引きちぎられた、頭のない花嫁の寝間着をきた胴体だけ横たわっている。
腹のあたりから胸のあたり肩のあたりまで、べっしょり真っ赤な血に染まっている。
ちぎられた頭からどくどくどく血が流れている。それが枕を赤く染め、大きな血だまりを作り畳まで及んでいる。障子や壁やふすままで血が飛び散っている。まさに地獄絵図。
「うううううううううう」
みんな何も言えない。
見ると血だまりからぽたぽたぽたぽた。ずぅーと血が垂れて、窓のほうへ行っている。窓は空いている。使用人の男があかりをもってそのあとを追ってみた。ぽたぽた。血は続いている。それはそのまんま裏庭を突っ切って浦山のほうへ向かっている。
滴る血をずっと追っていった。いろんなモノを血で染めながら、血は続いている。
それはどうやら先祖代々ある墓のほうへ続いているみたいだ。勘弁してくださいよ。
そんなことを言いながら使用人はおそるおそる墓の中へ入っていった。ぽたぽたぽた。やがて追っていくと、前方にまだ新しい墓が見えた。どうやらそこに向かっているらしい。
墓に近づいて行って、明かりを向けるとそれは亡くなった女房の墓なんですよね。
その墓に何かあるみたいなんで、そちらのほうに明かりを向けると、使用人は声にならない悲鳴を上げて腰が抜けてしりもちついちゃった。
わなわなわな震えるだけ。
その女房の墓の前には、ちぎられた女房の生首がお供え物のように置かれていた。
風に吹かれて黒髪がふぁさーって揺れている。見開いた目がじぃーっとこちらを見ている。
でもずぅーっと座っているわけにはいかない。どうにかして起き上がって、一人が半纏を脱いで、頭を包んで持ち上げた。ずしんとこれが重い。
あー、早く帰ろう。帰ろう。
よろけながら歩くんですがね、半纏の先にある花嫁の髪がちらっと覗いてそれが風に揺られてなびいている。
ぎぃー。ぎぃー。と妙な音が聞こえる。
よく見ると半纏の下のほう、じわーっと血がにじんで、ぽたりぽたり。
血が滴り落ちていた。どうにか屋敷へ帰ってきた。
屋敷もえらい騒ぎだった。花嫁の頭が返ってきたもんだから、それを花嫁の胴体と一緒に安置しておいた。
一体どこにあったんだい。当然聞かれるわけだ。
亡くなった女房の墓の前にあったんだ。間違いない、これはあの女房の怨霊の仕業に違いない。
すると次は跡取りが危ない。さあどうしたもんか。気づけばもううっすらあたりが明るくなってきた。
みんなでもってあっちでこっちで手分けして神社や寺を訪ねちゃ、神官さんや住職を呼んできたわけですが、これほどすごい怨念ですと除霊するのが難しいと。あれこれ知恵を絞った結果、いくつかある蔵の一つに怨霊を閉じ込めて封印してしまおうと。
蔵の荷物を全部運び出して隙間という隙間をびっしり埋めて。
そこにお札をぴたっと張って。で、大きな入口の戸の方は閉めたまんま。下の小さな戸は開けたまんまにしておいて。中には小さなろうそく一つ。そこに跡取りが座ってもらって。ただ額にはお札が貼ってもらう。
怨霊が跡取りの命を取りに入ってきても、お札が貼ってありますから。入ることができない。
で、隙を見て跡取りが外へ飛び出して、その小さな戸を閉めてお札をはり、祈祷をして封じ込めてしまおうと。
もうそれにしかないようだから。
で、みんな準備に取り掛かった。これが大変な仕事なんだ。
蔵の中にはたくさんの荷物が入っているし。今と違ってそう簡単に準備できるような物でもない。
やってる内に昼が過ぎた。そうこうするうちに日が傾いた。
おーいみんな急ぐぞ
どうやらその準備が出来上がったころにはもうすでに夜なんですよね。
びっしりと。お札が貼られて。蔵の入り口は閉められて、小さなくぐり戸だけ開いている。
ろうそくが中でぼぉーと燃えている。その横に跡取りが額にお札を貼り、じぃーと目をつむっている。
いいかい。怨霊が何かを言っても耳を貸してはいけないよ。決して見ちゃいけないよ。
そういうもんですから、あーわかったわかったって跡取り。
家のものたちはというとね、庭の暗い場所で身を潜めてその時を待っていた。
風が出てきた。
月明りはあるんですがね、みんなただ黙っていた。
そうこうするうちに時が経って、月明かりがうっすらと照らす蔵内では跡取りが手を合わせて一心に祈っている。
風が強くなってきた。
月に雲がふぅーとかかって、隠してしまった。あたりがふっと暗くなった。
と、浦山の墓場のあたりでぼぉーと青白い火が出た。それが青い火の玉になって、暗い闇の中、屋敷のほうへ飛んでくる。
きたぞぉー。人魂だ。
誰かが押し殺した声で叫んだ。
蔵の中の跡取りは変わらず一心に祈っている。
青白く燃える人魂は屋敷へ行くとゆっくり家の周りをまわって、ぽっと家の中へ入っていった。
庭に身を潜めている者たちははて、と思った。家の中には花嫁の遺体が安置されているわけだ。
一体どういうことだろう、って様子をうかがってみると、とんとんとん、と音がした。
そのうち、悲鳴だったり物が壊れる、ものすごい音がする。
跡取りの姿が見つからないもんですから、怨霊が暴れまわっているらしいんですわ。
やがてふっと音がやんだ。すぅーっと青白く燃える人魂が外へ出てきた。
そして蔵のほうへ入っていった。おおーい蔵に入ったぞぉー。
誰かが押し殺した声で叫んだ。
蔵の中はというと、小さなろうそくがともっていました。
跡取りが額に札を張って、手を合わせ一心に祈っていた。
下のほうに空いている戸からすぅーと青白い人魂が入ってきて、跡取りの前でふっと。
女房の姿になった。それはあの美しかった女房の姿ではなくて、土の中に埋められて肉が腐って崩れ落ち、あちこち骨が見え、片方の目は腐り落ちて暗く、もう片方の目は半分ほども飛び出していた。
あの美しかった黒髪はあちこち抜け落ちてざんばらな状態。
ざんばらの髪の向こうから、跳びだした目がじぃーっと跡取りを見ていた。
ただ跡取りは一生懸命に祈っていた。
と、「せつないねえ」「私との約束をもうお忘れかい」
懐かしい女房の声がしたもんですから、ふっと目を開いてみてみると、跡取りはその場で凍り付いた。
そこにいるのは美しい女房とは似ても似つかない。化け物だった。
「よくも約束を破ってくれたねえ」「さあ、お前の命を取りに来たよ」
そういいながらずうーっと手を伸ばしてきた。
跡取りが悲鳴をあげながらよけるんですけどね、怨霊はそれ以上近づけない。
悔しそうな顔をして、その札をおはがし。その札をはがし。その札をはがせ。はがせ。
って言いながら跡取りの周りをぐるぐるまわり始めた。
どうやら跡取りに触れることができないらしい。でも跡取りは腰が抜けているもんですから、動けない。
様子を伺い、タイミングを見計らって四つん這いのまま抜け出した。
蔵の小さなくぐり戸から飛び出した。その小さなくぐり戸も閉めた。
うまくいった。と思ったんですけどね、暴れ慌てたもんですから片方の着物の端の先がまだ蔵の中に残っていた。
うっいけないって思って引き出そうとするんだけど、なかなかひっかかって抜けない。
使用人の男が三人、駆け寄ってきて引っ張ろうとするんですけど、戸の隙間から怨霊がすさまじい表情でじぃとこちらを見るもんですから、恐ろしくてできない。
跡取りは必至なもんですから、手足をばたつかして、どうにか抜けようとしていた。
暴れている内に、額に貼ってあったお札ぺろっとが取れちゃった。
これを見た怨霊が跡取りの足首をつかんで、ずずずずず、と引きずられていった
助けてくれええ!
跡取りが叫ぶ。使用人三人が引っ張ろうとするけれど、怨霊がすごい力で引き戻す。
また使用人がぐっとつかんで引っ張るけれど、怨霊が引っ張る。
すると祈祷が始まった。
途端に怨霊が苦しみだした。
「よおし。亭主の体みんな持っていけないのならせめてここだけ取ってやる」
足首をぐっとつかむと、それをにょいとねじった。
べきっ。ぼきっ。ぶちっ。骨の砕ける音とともにぼきっととられた。跡取りの悲鳴が当たりにこだまする。
骨が砕けて肉が裂けた。
こっちがぐっと引っ張っていると、足がねじ切れると同時に、使用人三人が後ろにどんと倒れた。
一人が立ち上がると、戸をばんと閉めた。後ろのほうでは祈祷ずっと続いている。
跡取りの引きちぎられた足からどくどくどく血が流れている。
蔵の中では閉じ込められた怨霊がどんっどんっどんっって暴れまわっていた。
次第に怨霊が暴れまわる音が小さくなってきた。三日三晩寝ずの祈祷の結果、ことりとも音がしなくなった。
封印されてしまったんですねえ。
ただ、跡取りなんですがね。引きちぎられた足のけがが元で、とうとう亡くなってしまったんですよ。
で、この跡取りと花嫁を埋葬することになったんですがね。どういうわけか、持って帰った花嫁の頭が見つからない。怨霊が持ち去ったのか隠したのかわからない。
だから頭のない花嫁と片方の足首のない跡取りが並んで、埋葬されたんです。
ここまで話して男は「今日はここまでということで……。続きは明日で構いませんでしょうか」
「ええ。大丈夫ですよ」
「そうですか。では今日はこの辺で失礼します」
そういって男は暗い庭の隅に消えていった。
虫が鳴いて、心地いい風がすぅーっと吹いてくる。
先生ふっと目が開いた。自分の座席に横になって腕枕をして寝ていたらしい。
あれー。いつ寝てしまったんだろう。
つい今しがたまで確か男が来てこんな話をしていたのになあ。
おかしいなあ、って思った。
次の日の晩、また障子をあけ放って、あの男の人が来るのを待っていたのんですね。
暗い庭からは虫の鳴き声が聞こえる。時折気持ちい風が吹いてくる。待っているうちに、うつらうつらし始めた。そして虫の鳴き声がぴたりと止まった。
「今晩は」
「お待ちしていました」
昨日のあの男がやってきて、また縁側に座った。そしてまた続きを話し始めた。
「私はどうも花嫁の頭と跡取りの足というのは蔵の中にあるんじゃないかと思いましてね。それがあれば実際にこの話があったことになるわけですが、いやーそれにしても代々にわたってあの蔵の中に怨霊がいるんですかねえ。あの蔵の中はどうなっているんだろう。怨霊が一体どんな姿をしているんだろうなあって思いましたらね、私、蔵の中が見たくなりましてね。みたいな、と思ったらなんだか知らないけど見たくてたまらなくなりましてね。私とうとう蔵を開けて中へ入ってみてしまったんですよ」
蔵の中にはなんにもありませんでしたけどね。
花嫁の頭も跡取りの足も見つかりませんでしたけど、中はもやに包まれてましてね。
ドアの向こうにぼやぁと青白い炎が上がったんですよ。地の底から響くかのような唸り声がしましてね、とたんに私首のあたりぐいっとつかまれて天井まですぅうと引き上げられたんですがね、そこから後の記憶がないんです。
話はここまでなんですが、本当に聞いていただいてありがとうございました。
これで私もほっとしました。思い残すことなくこれであちらへ行けるというものです。
と言って頭を下げて「では」と暗い庭の闇に消えていった。
虫の声がして、心地いい風がすぅーと吹いた。それで先生ふっと目が開いた。
気づくと昨日と同じく、座敷でごろんと横になって寝ていた。
おかしいなあ、いつ寝てしまったんだ。確かまたあの人が来て話を聞いていたのに。
しかしそれにしても不思議な話があるもんだなあ。
そうだ、明日あの人を訪ねてみよう。それであれこれ聞いてみよう。って思った。
翌日、宿の女将に訳を話すと、「加藤家ですか。でしたらこちらを行ったこちらがそのお家だと思いますけどねえ」
人に聞いて先生、突然ながら訪ねてみた。
すると大きな屋敷がある。長い塀があって中にはいっぱいの緑がある。
いやーこりゃすごい。
塀に沿って歩いていくと門がある。
あまりに立派な門なんで、いやーえらい立派な門なんだなあって思ってみていると加藤とある。
なるほど確かに加藤さんか。ここかあって思って中を覗いてみると、ちょうど使用人らしい年配の女性が出てくるところだった。
「もし。この家の主人はご在宅ですか?」
すると使用人がきょとんとした顔をして「主人は三日前に亡くなったばかりでございます」
「亡くなった?」
「はい。蔵の中で亡くなっているのを使用人が見つけまして。主人はもともと肺がんを患っていましたから」
三日前に亡くなっていた……。
私の元へやってきたあの人はもう、この世の人ではなかったんだ。
はい。これが動画内で稲川淳二さんが語っていた「緑の館」です。
バイオハザードとはやはり違う系統の話ではありますが、確かにVR映えしそうな物語ですね。
主人公でもなくまた奥さんでもない第三者の使用人の目で、この世界をVRで体験したいものです。
やはり女性は恐ろしいもんですな。